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2005年09月29日

謎の液体・アヤワスカ

謎の液体アヤワスカと聞いて、何のことかさっぱり分からないと思う。

実は僕自身もはっきりとは説明出来ない。

何故なら医学的にも、不思議すぎて未だに解明されていないのである。

アヤワスカという植物の煮汁。
アヤワスカ、別名しのつた。成分はDMTというものらしい。
作り方は、
アヤワスカとジャクビというものをまぜて、何回も煮る。

泥汁のような色で飲むと初めての味。苦くなんともいえない。

これをコップ1杯飲み、待つ。

約30分後、体の感覚が無くなり軽くなり、しびれたような感覚が体を襲う。
そして、嘔吐。

何か体の底から湧き上がるような嘔吐。
酒で気持ち悪いのとはレベルが違う。止めれない。

その後、しばらくして目をつぶると幻覚というかヴィジョンが見える。
それは不思議な模様の集まり。

その模様を生地にして今もこの地方の人達には、受け継がれている。

なんとも言えない気持ちだった。
ヴィジョンは見えなかったが、アヤワスカを経験してひとつ言えることは
当たり前だが、人生は自分で切り開くものだと痛感した。

とにかくアヤワスカを詳しく説明は出来ないが、この地方に伝わる伝統儀式だということだ。
話では、ミュージシャンのスティングも経験してヴィジョンが見えたらしい・・・

*興味のある方へ
アヤワスカは自分の光を見るために呑むという事。
自分の脳の多くのチャンネルを開くこと出きるということ。
もし、呑むなら100%自己責任でどうぞ。

投稿者 ochi : 17:46

謎の液体・サンペドロ

インカトレールの最中に同行しているシャーマン、ポールに儀式をしてもらうことに。
儀式といっても怪しいものではなく、昔からの伝統で植物からパワーを分けてもらうというもの。
はたから見ればあやしいか・・・

シャーマンの唄とお香によるお清めをし、サンペドロというサボテンの粉を呑む。

このサンペドロは普通に市場やスーパーで買え、健康にいいらしい。
しかし、呑むときに儀式をするのとしないのでは違いがある。

実際に何も知らずに、前日普通に飲んだが何もなかった。

恐るべしシャーマン!

これがそのサンペドロの粉。
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投稿者 ochi : 17:37

コリカンチャ

コリカンチャは、1250 年頃、最高神ビラコチャとマンコ・カバクによって建設された。インカ族の主神殿で、黄金の宮殿を意味している。その後1440 年頃にインカ王パチャクテが修復、改築した際、太陽神をインカの最高神と定め、神殿内の主要大広間をこの神へ奉げた。

他に月や星、雷などに奉げた居間もあった。崩壊、略奪前にこの神殿を見たスペイン人たちは、「スペインでも見たことがないほど素晴らしく、壁は金や宝石で覆われ、天井は多彩な羽根のマントで飾られていた」という記述を残している。

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投稿者 ochi : 17:27

オリャンタイタンボ

クスコの北、聖なる谷のもう一方の端のマチュ・ピチュに程近い所にあるオリャンタイタンボ。その名は、インカ王パチャクテの部隊に参加し、王女に恋をした地元部族の一兵士の名前オリャンタと、休息の場を意味するタンボのふたつの言葉から成る。

この場所は、聖なる谷にあることの他、アンティス族の支配するタワンティンスーユの中でもジャングル地帯に近い土地であることから、インカ政府にとってはとても重要な石造建造物群であった。通常、ジャングル地帯はなかなか征服できないため、インカ族から恐れられていた。一方でこの地方からは、果物や農産物、王の衣装に用いる美しい羽根をもつ鳥など多様な資源がクスコにもたらされていた。

オリヤンタイタンボは、多数の軍隊が集まる所であったとともに、インカの役人たちがアマゾンの首長と取引をしたり、歓待する王の宮殿でもあった。ここには兵士や軍隊、政治、宗教の要人のための数多くの部屋や、選ばれた女性たちの神聖な部屋(アクリヤ・ワシ) 、戦用として備蓄された大きな食料倉庫がある。

オリャンタイタンボの謎

建築に用いられた岩の大きさや、それらが数キロも離れた谷の反対側にある石切り場から運ばれたということにも驚かされる。どのようにして運び、丘の上まで持ち上げたのだろうか? この疑問は、今現在も明らかになっていない。

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この山には国庫がある。
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頂上にある強大な石。ありえない大きさだ。
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投稿者 ochi : 17:14

聖なる谷

この谷の農生産は、機能性よりも儀式色が濃く、またこの土地の住民や農民はここに住む特権をもつ選ばれた人たちであった。

インカ族の聖なる谷は、ピサック、オリヤンタイタンボの両石造建造物群の間、ウルバンパ川に位置する。自然が作り上げた、道ともいえるこの川を辿って行くとマチュ・ピチュに出る。

インカ族の天文学者や祭祀は、この谷や川を、リヤマやコンドル、木などのインカの神聖な星座をもった天の川の投影だと考えていたため、この土地を神聖視していた。このためインカ族が谷に作り上げた風景には、エネルギーが集まるとともに、様々な地形によって不思議な力が備わっている。ピサツクとオリヤンタイタンボの両石造建造物群は単なる崇拝所ではなく、インカ帝国と言われるタワティンスーユの政治。宗教聖地であった。


ピサック

ピサックは、ウルバンパ川の右側のユカイ地方にある。その名は、現在は絶滅してしまったが、この地に生息していたヤマウズラに似た鳥に由来している。ピサック石造建造物群は、要塞や兵舎のある軍事部分、至聖所や太陽の神殿のある宗教部分、選ばれた住民の住む町の3 つに分けられる。

この軍事的建造物や要塞は、戦術的に谷全体が見渡せる山の真申にある。その壁は厚く、内側に傾いており、また2 0 0 m 以上の長さの天然岩の上にあることからも無敵の様相を与える。至聖所は山頂にあり、研磨された石でつくられた部屋が7 つある。中央には太陽神に奉げられたインカの主要崇拝所であるインティワタナがあり、聖なる谷を一望できる。町を形成する約2 0 の建物は、山すそに沿って半円形に配置されており、その建築は質素に仕上げられている。

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ピサックにある市場。主にお土産物屋。
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投稿者 ochi : 16:53

サクサイワマン

サクサイワマンは、インカ王パチャクテの時代の1 4 6 0 年頃に建設されたインカ時代の重要な建造物のひとつと言える。長年に渡り、サクサイワマンの砦と呼ばれていたが、考古学や歴史学文献から、現在では政治・軍事・宗教儀式の石造建造物群であったと考えらえ、度々クスコを侵略したアヤクチョの戦闘的なチャンカ族との戦いにおける勝利を祝うために建設されたと見られる。

ケチュア語学者や歴史学者も、サクサイワマンという言葉の意味を未だ解明できないでいるが、“鷹よ、腹いっぱい食べろ’’ ということを意味しているという意見が有力である。また、他に“斑模様の鷹’’という意見もある。インカ時代、鷹は神格化されていた。

この建造物はジグザグを描く3 層の要塞で、一番下の層は、巨石を用いている。泥のしっくいを使っていないにもかかわらず、ぴったりとかみ合うている。さらに驚くのは、これはど大きな石を丘の上までどのようにして運んだかということだ。建造物の頂上には、3つの塔または、建物があり、このうちひとつは円形、他のふたつは矩形であった。スペイン人の年代記録者によれば、これらは金銀の薄板や美しい鳥の羽のマントで覆われた大変立派な建物であったという。

サクサイワマンは、征服者と抵抗していたインカ王マンコ・カバクとの戦いによって、また後の植民地時代に崩壊した。その後は長年に渡り、大聖堂や他の教会、スペイン建造物の建設のための採石場として使用されていた0要塞の前にある平坦な土地は、国王の槍兵広場と呼ばれ、儀式用広場として用いられた。広場正面には、インカ王が宗教・軍事儀式を指揮する時に用いたとされる、段状の座席のある小さな丘(スチュナ) が建設されている。

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投稿者 ochi : 16:27

ケンコー・タンボマチャイ

ふたつの巨石から造られているケンコは、サクサイワマン石造建造物群の東にある。この石塊は外側と内側から彫り削られていて、大きな巨石の一番高いところにあるジグザグの形( これが名前の由来となっている) をしている場所は、生贅(リヤマを使ったと考えられる) を奉げる宗教儀式に使われていた。

この説は、建造物の下の方にある洞窟の壁に彫られた手術台や、上部に施されたジグザグがリヤマの形になっていることから推測される。つまり、生贅にされた動物の血液がジグザグに沿って流れ、リャマの姿を形作っていったと考えられている。また、石碑近くの巨大な石塊の周りには半円形劇場がある。この石碑は、征服後にスペイン人によって壊されたが、現在もその動物形象(サルであったと思われる) が伺える。

タンボマチャイ

インカ王トウバク・ユパンキはタンボマチャイを、地下水が湧きている丘の横に憩いの場として建した。3 層の石段と通路があり、泥しっくいを使わずにぴったりと石組み合わせてつくられた素晴らしインカ様式建築物である。さらに壁が内側へ傾斜していることが特として見られる。

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生贄台・・・
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タンボマチャイ
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投稿者 ochi : 16:08

クスコ

クスコは、南米大陸の中でも最も強大な力をもったインカ帝国の首都であった。征服戦争や植民地時代に被った略奪や傷の跡はあるが、現在も数多くの遺跡が残つていて、輝かしい荘厳な時代を思い起
こさせる。

もとのケチュア語の名は、“Qosqo ”であったが、インカ族の言語を正確に発音できなかったスペイン人がC u s c o に変えた。これが“世界のへそ” を意味することから、インカ族はその領域を、北はコロンビアのバスト分岐点、南はチリのマルエ川やビオピオ川まで、アルゼンチンの北をも含めて拡大しようとしていたと見られる。

現在、国家や帝国と呼ばれているが、インカ族はタワンティンスーユと名付けていた。これは、世界の4 つの州、チンチャイスーユ(北)イスーユ(クスコジャングル)-ユ( ティテイカカ湖地方)イスーユ(現在のアレキパ)ていた。、アンテ、コヤス、クンテを意味しインカ族は、都をインカ時代に神格化されていたプーマの形につくり上げた。頭がサクサイワマンの丘、胴体がトゥルマユ川とサフィ川、尻尾がワタナイ川の支流の合流点であった。

クスコの中心には、ワイタカパ(涙の広場) とクシ/て夕(喜びの広場) というふたつの中央広場があった。両広場の真申には、頂上が平面の儀式用のピラミッドが建設され、その周りには、インカの宮殿やアクリヤ・ワシ(選ばれた女性の館) 、スントウル・ワシ(円形の武器館)があった。インカ時代の宮殿や建物は、征服や植民地時代にそのはとんどが壊され今日ではスペイン建造物の土台としていくつかの壁や部屋のみが残っているだけである。

また、スペイン人が来る前の、アタワルパとワイナ・カバクの息子であるワスカルとの権力争いもクスコの町に大打撃を与えた。アタワルパのキト軍隊(キトウス族) は、ワスカルを幽閉後、クスコの町で略奪を行い、町やその宮殿に火を放ち、ワスカルの全ての家族や親族を殺害したとされる。

クスコ(海抜3 2 2 6 m ) は、ビルカノタ分岐点に繋がる中央アンデス山脈と東アンデス山脈の間のワタナイ川とトゥユマユ川によって形成された渓谷、プーノ高原台地とアマゾンジャングル(北はキジヤパンパ、南はパウカルタンボからマヌーまで) への入り口である熱帯性山脈の間に位置する。

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投稿者 ochi : 15:59

イエズス教会・クスコ

クスコは、1 5 3 4 年3 月2 3 日にスペイン人フランシスフ・ピサロによって建都された。その後、ピサロが征服者間で敷地の分配をした。

大聖堂建設のための敷地を受け取った教会が初に恩恵を受けた。元インカ・ビラコチャ神殿の上に建設された大聖堂は、当初、基礎建築のみであったが、1560年にマヌエル・デ・ベラメンディによって大聖堂にふさわしい豪華な寺院の建設が始まり、1654 年に完成した。教会内部には、混血バロック芸術の至宝といえるものやクスコ様式の油絵作品、ディエゴ・アリス= デ= ラ= セルダの作った荘厳な聖歌隊席がある。

イエズス会教会は、クスコの中央朋前の大聖堂の側、ワイナ・カ/てク宮殿「あった場所に建設された。その建設は、1 5 8 1 年に始まり1 6 7 1 年まで続いた。てとつの身廊に6 つの側礼拝堂、大作としえる混血バロック様式の正面扉から成てていて、クスコでもとくに美しい教会1ある。

夜のイエズス教会
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投稿者 ochi : 15:49

ナスカの地上絵

リマから南へ4 4 0 k m のインへニオ渓谷の中、サン・ホセ大平原にあるナスカの地上絵として知られている線と図像、台形などが数多く集まった場所。また、他にパルパ地域(ナスカの北) にも存在する。

1 9 2 6 年、当時“インカ道” と呼ばれていたこれらの線が考古学的に調査され、発表されたが、1941年、北米のボール・コソク教授が“世界一大きい天文学カレンダー” として“発見” を宣言した時に有名になった。

ハチドリ:ナスカ大平原で最もシンボル的であろう図像。9 6 m x 6 6 m の大きさで、ナスカの人々はハチドリを、人とコンドル(神と見なされていた) を結ぶ使者であると考え、神格化していたと見られる。

地上絵を説明するために今まで数多くの説が挙げられている。宇宙人によって描かれ、さらに大平原が特別な着陸地であったという説以外のほとんどは、重要な見解を示していると言える。ある説では、地上絵は巡礼者たちが巡礼していた神聖な道であり、数ある台形は儀式用の広場であったと言う。ボール・コソクとマリア・ライへは、これらの図や線は、星座と至点、昼夜平分点と関連し、大きな天文カレンダーとして用いられたと提起した。他の研究者たちは、図像が神聖な踊りの舞踏術を表しているのではないか、また、地元の呪術師によって幻覚を起こした時のイメージ表現だろうとも言っている。さらに、水と肥沃をもたらすための何らかの儀式に使われたとも考えられている。

ナスカとパルパの大平原の図像には、魚や鳥、植物、人間のような存在、アマゾン・アンデス・海岸地方の動物等が見られる。

投稿者 ochi : 15:42

首都リマ

ペルーの首都リマは、アンデス山脈の西側と太平洋との間、周囲の砂漠地帯を流れるリマック川とチジョン川によって潤された平野と渓谷の中に位置する。人口は約8 0 0 万人、それは総人口の約3 0 %におよぶため、住居や水道、交通や安全といった基本的なサービスを十分に供給できる行政能力の範囲を超えている。

また、リマには国家資源の大部分が集まる他、国家権力、労働提供、教育、一般サービスの多くが一極集中している。リマは、魅惑的であるとともに対照的な都市と言える。一方では、美しい住宅地が広がり、アメリカ大陸の中でも保存状態のよい植民地様式の建築物が見られる歴史の中心地である。数多くの先コロンブス期の建造物も残っていて、先スペイン期文化から植民地時代、共和制時代を扱った素晴らしい博物館が多くある。

食に関していえば、味、種類ともに豊富で、とくに海産物が多い。また、様々な質と様式のそろったホテルが立ち並び、他方では、人口の大半を占める貧困が明らかに見られる。リマの周辺貧困地区に生活する人々の大部分は、都市へ移った山岳地方の人々やその子孫だ。

投稿者 ochi : 15:33

2005年09月28日

テスト

テストです

投稿者 ochi : 22:00

2005年09月24日

ペルー少年合唱団~クスコ空港でのとある出来事

アマゾン流域に向かうのにクスコから約1時間30分くらい飛行機に
乗るのだが、悪天候のため飛行機が遅れた。
予定より5時間以上も送れ、空港はいらいらする人であふれかえっていた。

そんなときだった。
突然聞こえる澄んだ声・・・同じように待っていた少年合唱団だ。
あたりはさっきと全く違った幸せな空気に包まれた。

彼らは各地を回ってキリスト教の唄を唄っているらしい。
CDも出ているらしくさすがに感動した。
団長や子供達と話をしてみて、心がきれいなのがすごく伝わってきた気がした。

後日CDを送ってくれるといってくれた、楽しみ。

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投稿者 ochi : 21:22

ペルー鉄道 PERU RAIL

マチュピチュ遺跡からクスコに戻るのにペルー鉄道を利用。
PERU RAIL という登山列車。外国独特の雰囲気のある列車。まるで世界の車窓から・・・

ペルー鉄道のマチュピチュ遺跡の駅。駅の周りは1つの街。クスコを縮小した感じだった。

ペルー鉄道のマチュピチュ遺跡の駅
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ペルー鉄道のホーム
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マチュピチュ遺跡からクスコまでは約3時間くらいかかる。
そのためか、何故か鉄道内部でちょっとしたショーを見せてくれる。
驚いたのはこの後。なんとファッションショーまでしてくれる。
それはなんとアルパカ製品を販売するためだった・・・
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鉄道車内
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投稿者 ochi : 20:58

マチュピチュ遺跡内部2

思った以上に広い
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聖なる祭壇
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投稿者 ochi : 20:41

マチュピチュ遺跡内部1

入り口付近。遺跡内部はすこし入り組んでいて現在地が分かりにくい。
とにかく大きい。
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遺跡内部の聖なるポイント
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遺跡の中は謎だらけ。
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投稿者 ochi : 20:26

マチュピチュ遺跡到着

これがマチュピチュ遺跡だ。感動。
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遺跡の中にも何故かリャマがいる。
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聖なる石。入れないように囲いがしてある。
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これがマチュピチュ遺跡の地図。入り口の所に立ててある。
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投稿者 ochi : 20:14

いよいよマチュピチュ遺跡

このような上り坂が幾度なくあった。よくここまで来ることが出来た。
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マチュピチュ遺跡までにもこんな遺跡がたくさんある。
古代のインカの人々が住んでいたのか何かの意味があるのか。
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巨大な岩を発見
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ついにマチュピチュ遺跡が見えてきた。
遠くから見るマチュピチュ遺跡はとても神秘的だ。
初めて発見した人は、感動なんてものじゃなかったと思う。
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素晴らしいアンデスの山々
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投稿者 ochi : 20:04

最後の日・インカトレール

今日でいよいよ最後の日。
マチュピチュ遺跡につく日がだんだん近づいてきた

最後のテント生活。もうすぐポーターともお別れだ。
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ポーター達はこのインカトレールのすさまじい山道を重い荷物を背負って
頑張ってくれた。けっして豊かな国の人達ではないので主催者の提案で
いらない服や文房具等をプレゼント用として持ってきた。
それを最後に渡す。そしてチップも。これはみんなで分けるため計算しているところ。
一人数千円だが、ものすごく大きいらしくとても喜んでくれた。
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チイプを渡した後、今度はポーター達からのお返しをいただいた。
みんなで唄を唄ってくれて、一緒にダンスをしてくれた。
簡単な踊りだが、心がこもった踊りで感動の涙をよんだ。
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ポーター達の笑顔
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私たちにとって本当にいらないものばかりを持ってきたのだが
ポーター達はすごく喜んでくれた。
自分達は日本に住んでいて本当に恵まれているのだなと実感させられた。
ポーター達全員と握手をして別れたが、最後は涙がとまらなかった。
心からありがとうと言いたい。

投稿者 ochi : 19:44

高山植物・高山ジャングル

数々の高山植物を見ることが出来るのも楽しみのひとつ。
何故か高山の一部にジャングルが出来ている。自然の不思議さがいっぱい。

変わった植物を見ることが出来る。
これはひとつの木に寄生している植物。二つでひとつになっていて面白い。
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高山ジャングルだ
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ところどころにこのような綺麗な花が咲いている。なんという花だろうか・・・
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この花も初めて見る花だ。
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投稿者 ochi : 18:43

山頂に到着・インカトレール

2日目に山頂に到着。
なんと標高4200メートル。初めての登山で来るところではない気がした。

山頂の印の看板
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標高4200メートルから見たところ
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山頂に着いた頃は、写真どころではなく、頭痛がひどく早く下りたいと思った。

頂上の上の岩に積み上げられた石
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ここからまた下って、上ってマチュピチュ遺跡にいくわけだが
途中にもこのような遺跡を見ることが出来る。
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投稿者 ochi : 18:05

昼食・テントにて食事・インカトレール

このテントで食事。
簡易テーブルをセット。そして付き添いのコックによる初めての料理。
インカトレールには、コックとポーターが20人程度付いてテントなどの荷物を運んでくれる。左に見えるのが簡易トイレ。女性はちと苦しいかも・・・
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大分上ってきた。標高の高さが分かるだろうか。目の高さに雲がある。
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投稿者 ochi : 14:56

昆虫発見・インカトレール

インカトレール中に途中のサボテンについている虫を発見。
一見虫に見えないが、つぶすと不思議にも赤く染まる。染料に使うらしい。白いのがそう。
使用前
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使用後 つぶれた。
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投稿者 ochi : 14:44

インカトレール・出発

インカトレールにこれから出発。
このつり橋を渡ってからいよいよ始まるインカトレール。始めはみんな笑顔。

インカトレールの案内看板がこれ。
ようこそ、インカトレール、Camino Inka-inaka Trail
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この橋から始まるインカトレール。
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投稿者 ochi : 14:12

2005年09月23日

昆虫・アマゾン流域の虫

変わった虫を見つけた。
真ん中の白いのがそう、わたみたいなかわいい虫。
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特になんでもないが、トンボ。近づいても逃げない。
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投稿者 ochi : 04:36

野生動物・アマゾン川流域の動物達

アマゾン流域にはたくさんの動物達がいる。

運よくカピバラの群れを発見!すこし見難いが・・・左の方。
*カピバラ
ねずみ目カピバラ科の哺乳類。体長1.3メートル、体重50キログラムに達し、ねずみとしては最大。
尾はほとんどない。頭が大きく、ずんぐりした体型で、赤褐色の荒い毛を持つ。南アメリカ東部の森林近くの森に群れを作って多くいる。泳ぎが巧みで、水中に避難する。肉は食用にもする。
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オウムです。すごく飛びます、驚いた。
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このオウムはロッジで飼われているウィニー君。かなりのやんちゃ、すぐ噛む。
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この鳥、写真が見にくいが鳴き方が非常に変わっている。
カコーンという声なのだが、温泉なんかで何か物を落とすとカコーンと響くあの音そっくり。
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ロッジの裏にサルが遊びに来た。顔が撮れなかったのが残念。
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すぐ裏の森に入るとサルの群れが子供とともに移動を繰り返している。
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このほかにもイグアナなどたくさんいるのだが写真にとることは出来なかった。
電気もなく、シャワーも水しかないが、これだけの野生動物を見ると納得もできる。

投稿者 ochi : 00:19

産業・金の採掘

ちょっと驚き!
アマゾン川では金が取れるらしい。
産業のひとつで、一人が川に潜りホースをセットする。
そしてもう一人は機械の操作。
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投稿者 ochi : 00:05

2005年09月22日

アマゾン川流域

南アメリカの大河。アンデス山脈中の源流からブラジル北部にアマゾン盆地を東に還流して大西洋注ぐ。密林が流域の大部分をおおい、長さ約6770キロメートル。流域650万平方メートル。水量、流域ともに世界一。

アマゾン流域を上空からみた写真。
初めて見たが、本当に一面ジャングルになっていた。
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到着したのは夜で辺りは真っ暗。これからこのボートでロッジに移動。
ジャングルなのにこの日はすごく寒かった。アマゾンのイメージが変わった。
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現地のガイドをつとめてくれるフーリオ君。
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投稿者 ochi : 17:13

ペルーの食事・レストラン

ペルーは農業の盛んな国で、とても穀物が豊富。
その種類は軽く1000種類を超える。だから料理はその豊富な穀物を使ったものが多い。
日本の野菜と比べてかなり栄養価が高く、味も濃い。これなら野菜嫌いの子供でもおいしく食べられる。

これはご飯と野菜のソースの料理。
米は標高が高いため、沸点の関係からか米の炊き方がいまいちパサパサ。
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クスコ市内のレストラン。
天井が高く、造りも雰囲気があっていい。食事の「際にはペルーの音楽演奏がある。
こうしたレストランが市内には、いくつもあってにぎわっている。
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これはインカトレールに向かう前に寄ったレストラン。
ペルーの料理で一番言えることは、とにかくスープがおいしい。
基本的に野菜をふんだんに使ったスープが多い。
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投稿者 ochi : 16:44

2005年09月21日

クスコの中央市場

街の人達が生活に利用する中央市場。
クスコの人達の生活が一挙に見れる場所。
主に食料品を売っている。食事もする事ができる。この中にも犬が出入りしているが皆普通にしている。

巨大な食肉を発見。牛肉のようだがこんな所で売っているとは、日本ではまず考えられない。
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引き続いて巨大なパン。超のつく安さ。食べると少しぱさつきがあるが、味はおいしい。
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これは食肉のかえるだろうか・・・
珍しいので写真を撮ったら、このおばあさんがすごく怒り出さした。
フラッシュに驚いたのか、かえるに悪いのか不明である。
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投稿者 ochi : 16:30

クスコ観光

クスコ市街地を観光
初日はさすがに高山病であまり動くことは出来なかった。クスコ市街地は、そこまで広くないのですぐに全部見て回ることが出来る。観光客相手に生活している人や関係ない人色々だが、貧富の差があるのか服装もかなりの違いがあった。

独特の建物。歴史の古さを感じる。
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軍の関係があるのだろうか・・・子供の制服が軍服に見える。
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ときおり、このようなまっすぐな道が続く。
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体重計を片手に商売している子供を発見。
体重計が珍しいのかお金を払って計る女性が何人かいた。
至るところで国の財政を思わせる。
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投稿者 ochi : 15:51

クスコの宿泊・ホテル

クスコでの滞在先。
まだ新しいホテルで設備も良い。ただし、土地の関係で一般的なホテルと比べてやや小さい。
こじんまりした感じだが過ごしやすい。

ホテルのテラスからの風景
ここからもあたり一面は山だらけ、しかし、空は本当にきれい。
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この写真はホテルのレストラン。といっても料理がそんなにあるわけではない。
食事は外に出掛けた方がいい。
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投稿者 ochi : 15:42

ペルーのショップ

ペルーのお店は、主に絵画(デザイナーっぽいのやキリスト教の宗教画等)、アルパカ、金、銀細工、食料品、雑貨等のお店が多い。同じような店がいくつも軒並みを並べている。

写真は絵画屋
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投稿者 ochi : 15:35

子供達

市街には、たくさんの子供達の姿を見ることが出来る。
民族衣装を着て、リャマやアルパカを連れた子供もいる。写真を撮るとチップをとられるが、1ソレス程度なので苦にならない。
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子供達と同じ格好をしておばさんたちもいる。
物を売っている人がほとんどだ。撮影は同様にチップがいる。
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本当にみんな笑顔がかわいい
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投稿者 ochi : 15:11

クスコ市街地 たくさんの犬

クスコの市街地まで来ると結構いろんなものが見えてくる。
生活を感じるものやお土産物屋さんなどたくさんのお店もある。
驚いたのは、あちこちに無数にいる犬達。多分野良だと思うが、全くといっていいほど危険がない。
なかには飼い犬もいると思うがほとんどがそう。

これは飼い犬かな・・・
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クスコ市街地
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投稿者 ochi : 14:59

クスコ市内 建造物

クスコ市内、ホテルへの移動中に見えてくる景色は田舎町を思わせる。
あたり一面は山々に囲まれ、日差しは強く肌に突き刺さる感じだ。
バスの中ではまだ、空気の薄さは感じられない。一応、高山病お防止になるという、コカの葉というのをもらった。これは麻薬のコカインの原料らしいがそのまま食べるととても健康にいいらしい。

クスコ市内、低い建物が多く、造りはあまり頑丈ではなさそう・・・
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山の上にも家々が立ち並び、レンガや土壁で出来た造りは歴史を感じることが出来る。
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近づくにつれ、ペルー独特の建造物が見えてくる。
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投稿者 ochi : 14:33

クスコ空港

クスコ到着
途中の山々を超え、約1時間半の航空時間でクスコに到着。

飛行機からの写真、さすがに標高の高さを感じさせる。
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到着してから飛行機を撮影。無事着いてくれて感謝。最近いいニュースがなかったから・・・
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ペルーの民族衣装と音楽でお出迎え。
これを聞くとペルーに来たことを実感する。
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ここにもバスでお出迎え、この後ホテルへ。
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クスコの空港はとても小さく、駐車場もそんなに広くない。
空港を降り立つと周りには山々が見える。
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投稿者 ochi : 09:52

リマ宿泊・ホテル El docado

クスコ行きの飛行機がないため、本日はリマで宿泊。
お迎えのバス、お疲れ様です。
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ホテル到着。
ホテル El docado なんと読むかは不明・・・
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投稿者 ochi : 09:30

首都リマ・リマ空港

リマ到着
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ペルーの首都リマ。
リマの空港の前で撮影。

空港を下りると出たところでは、タクシーとホテルなど観光客目当ての業者がいっぱい。

リマ市内。
こんな感じ。あまり高い建物もなく、日本と比べて整備が行き届いていない。
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リマ市内にあちこちにこのような屋台のような店があちこちに見えてくる。
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投稿者 ochi : 09:20

ペルーへの航空

ヒューストン空港到着
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ペルーへは、飛行機でアメリカを経由していくことになる。
9.11のテロ以降、かなりアメリカへの入国は厳しくなった。

今回の旅はヒューストンを経由して行ったのだが、他にもロス経由等他の行きかたも可能。
所要時間は、約12時間から13時間位かかる。

写真はヒューストン空港到着で撮った写真。

ヒューストン空港で食べたホットドッグ
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アメリカの食べ物はとにかく大きい。
これ一人分なのだがとても日本人の食べれる量ではない。

でも、味は良かった。
その場で肉を焼いてくれてあつあつ。

投稿者 ochi : 09:00

2005年09月02日

ペルーの通貨

通貨と為替レート】

ペルーの通貨はソルSoI(複数形の場合はソーレスSoIes )。
略号はs/.。ソルの下にセンティモCentimoがあり、100 Cen timo = S/.1 。2003年10月現在
約U S $1 =s/.3 .45 。ソル紙幣はs/.10 、2 0 、5 0 、10 0 があり、コインはs/.1 、2 、5 と
5 、1 0 、2 0 、50 Centjmo がある。

【両替】
両替は両替所(カサ・デ・カンビオCasadeCambio ) か銀行(バンコBanco )、またはホテルでできる。路上での両替もごく一般的に行われており、銀行より若干レートがよいが、電卓のメモリー機能を操作してごまかされたり、ニセ札を渡されたりするトラブルも多いので、緊急時以外は避けたほうがいいだろう。また、店やホテルなど大抵の場所ではU S ドルでの支払いが可能。
日本から用意していくお金はU S ドルの現金がベスト。日本円を扱う銀行や両替所は少なく、両替できてもレートがかなり悪い。破れた紙幣は受け取ってもらえないことがあるので注意しよう。

トラベラーズチェック(T /C ) での両替は、レートも悪く、また取り扱う場所も限られているのでおすすめできない。一部のホテル、旅行会社の支払いとして使えるが、コミッションが必要な場合もある。T /C を現金に替えるには、約7 % の手数料をとられる。V IS A 、A M E X の通用度が比較的高い。

【クレジットカード】
ホテル、レストラン、みやげ物店など観光客の利用する場所ではほとんどのクレジットカードが使えるが、安宿、食堂、スーパーなどでは、利用できない場合も多い。空港や町なかにATMがあり、ソル、またはU S ドルの現金を引き出すこともできる0 ペルー国内ではV IS A が最も流通している。

投稿者 ochi : 21:35

ペルーの言語 挨拶(あいさつ)

◆ペルーの言語

スペイン語、ケチュア語。全体的にはスペイン語だが、山岳地域のインディヘナはケチュア語、ティテイカカ湖周辺はアイマラ語を話す。

ブエノス ディアス
Buenos dias.
おはよう。

ブ工ナス タルデス
Buenas tardes.
こんにちは。

ブエナス ノーチェス  
Buenas noches.
こんばんは。おやすみなさい。

オラ
i Hola !
やあ。

投稿者 ochi : 21:19 | コメント (0)